入江俊郎
IRIE Toshio
入江俊郎(1901–1972)は、法制局長官、貴族院議員、衆議院法制局長、最高裁判所判事などを歴任した。
戦後の1945年9月に法制局第一部長、同年11月に法制局次長、1946年3月に法制局長官に就任した。幣原喜重郎内閣で憲法改正を担当した国務大臣・松本烝治の下、憲法問題調査委員会(松本委員会)の委員として政府の憲法改正作業に携わり、その中心的役割を担った。特に、松本委員会が「憲法改正案(乙案)」としてまとめた改正案の作成を主導した。
1952年に最高裁判所判事に就任し、米軍の駐留が憲法第9条で禁じられている「戦力」の保持に当たるか否かが争点となった砂川事件をはじめ、苫米地事件、チャタレー事件、八幡製鉄事件、練馬事件、朝日訴訟など、戦後の重要な憲法・司法関連事件の審理に関わった。